組織開発の実践と学習のコミュニティ

ODの世界的動向と、今後の組織におけるODの役割:ODNJ年次大会2024 基調講演①

2024年11月23日(土)、品川シーズンテラスにて開催された、特定非営利活動法人OD Network Japan(以下、ODNJ ※)の設立10周年記念年次大会。ODNJ理事の土屋耕治氏によるモデレーションの下で、サイモン・フレーザー大学ビジネススクール教授のジャーヴァス・ブッシュ氏に「ODの世界的動向と、今後の組織におけるODの役割」と題した講演をしていただきました。

組織を取り巻く環境が急速に変化する中、従来の手法や解決策だけでは対応が難しい状況が増えています。このような時代において、組織開発(OD)はどのようなアプローチを提供できるのか。その歴史的な視点から最新の実践手法まで、事例を交えてお話しいただきました。

ジャーヴァス・ブッシュ[Gervase Bushe]氏:サイモン・フレーザー大学ビジネススクール教授。対話型組織開発の権威として知られ、リーダーシップと組織開発を専門とする。組織開発、リーダーシップ、チームに関する100本以上の論文と3冊の著書があり、研究論文は権威あるダグラス・マクレガー賞を2度受賞。
主著『Clear Leadership』は9カ国語に翻訳され、『対話型組織開発』は組織開発の研究と実践に新しい枠組みをもたらした。2016年には英国HRマガジンで「世界で最も影響力のあるHR思想家30人」に選出。近年は「クリア・リーダーシップ」と「生成的リーダーシップ(Generative Leadership)」に基づくアプローチを提供し、世界のマネージャーやリーダーに影響を与え続けている。

※ODNJ:組織開発(OD:Organization Development)にかかわる実践者(経営者/内部実践者/コンサルタント等)、研究者がネットワークでつながり、共に学び、効果的で健全な組織づくりに向けて共同するコミュニティ。またODとは、組織内の当事者が自らの組織を効果的にしていく(良くしていく)ことや、そのための支援のことを指します。

ODの原点と歴史的変遷

ブッシュ氏はまず、ODの歴史的背景について説明します。1940~50年代、クルト・レヴィン教授は米国での研究において、変革がどのように起こるのかを理解するため、3種類のグループによる実験を行いました。

「1つ目のグループにはメンバーに直接指示を与え、2つ目のグループではデータと論理による説得を試み、3つ目のグループでは全員での対話を通じた変革を目指しました。結果は何度実験を繰り返しても同じでした。最初の2つの条件ではほとんど変化が見られませんでしたが、3つ目のグループでは、人々が問題について、変革のアイデアについて、それらに同意するかどうかについて話し合う機会を得たとき、変革が起こったのです」(ブッシュ氏:以下同)

この観察から、「人々は所属するグループによって行動や信念が決まる」という気づきが得られ、これがODの出発点となりました。人々の行動を変えたいのなら、個人ではなくシステムに焦点を当てる必要があるとブッシュ氏は説明します。

1960~70年代になると、ODはビジネススクールや大企業で主流となりました。この時期の大きな転換点は、「組織を機械として捉える考え方(クローズドシステム思考)から、環境に適応し各部分が調和する必要がある生命システムとして捉える考え方(オープンシステム)への移行」でした。「象を半分に切っても小さな象が2頭できるわけではない」という表現は、このオープンシステムの特徴を端的に表しているとブッシュ氏は説明します。

そして1970~80年代前半になると、総合的品質管理(Total Quality Management)など他の手法が登場し、ODは競合に直面します。この時期、ODは「何を変えるべきかの議論に関与せず、決定後の実行支援に限定」されるようになったとブッシュ氏は話します。ODは本来の「改善・開発」から離れ、「変革の実行支援」という限定的な役割に転換していってしまったのです。

組織の適応能力を高めるODの役割

次に、ODの本質的な役割について、ブッシュ氏は次のように説明します。

「ODの本質は、チームや組織がより良い状態を探究するプロセスを支援することにあります。組織には予算や計画といった『目に見える部分』がある一方で、関係性や文化、人材マネジメントといった『水面下の見えにくい部分』があります。ODの強みは、まさにこの水面下にある課題にアプローチできることにあるのです」

組織を優れたものにする「正解」は一つではありません。ODの価値は特定の変革を実施することではなく、組織の適応能力を高めることにあります。それを実現するために、ODには2つのコアプロセスがあります。一つは「関与(エンゲージメント)」、もう一つは「探究(インクワイアリー)」です。これら二つのプロセスを通じて、組織は自らの課題に気づき、バランスの取れた対応ができるようになっていきます。

現代組織が直面する「複雑さ」の本質

しかし、世界がより複雑になるにつれて、1人のリーダーがすべての答えを知っているという前提に頼ることはできなくなってきているとブッシュ氏は言います。
現代の組織が直面する課題を理解する上で重要なのは、2つの異なるタイプの「複雑さ」を区別することだと言うのです。
英語では「complicated」と「complex」という異なる言葉で表現される2つの概念は、日本語ではどちらも「複雑な」と訳されがちですが、本質的に異なる性質を持っています。

「『complicated』な問題は、答えは見えないものの、厳密な科学的・工学的プロセスを適用すれば、因果関係を理解し、正しい解決方法を見出すことができる問題です。一方、『complex』な問題は、多くの変数が絡み合い、それに働きかけること自体がシステムを変えてしまうため、何が何に影響を与えるのかを事前に把握することが不可能な問題です。因果関係は、振り返ってみて初めて意味づけができるものです」


(左がComplicated, Technical Problem、右がComplex, Adaptive Challenge)

この違いを理解する上で重要なのが、ロナルド・ハイフェッツ氏の研究です。ハイフェッツ氏は、「技術的問題」と「適応課題」という2つの区別を明確にしました。技術的問題は、「専門知識があれば解決でき、一度解決すれば別の問題が起きない限り、その状態が続きます」とブッシュ氏は説明します。

一方で、適応課題は本質的に『解決』することはできず、『管理』することしかできません。例えば、営業部門と運営部門の協力関係が今日うまくいっていても、突然それが機能しなくなる可能性があり、さらにその協力を生み出すために行った施策自体が新たな問題を引き起こす可能性もあるためだとブッシュ氏は言います。

このような適応課題について、ハイフェッツ氏の「リーダーシップの最大の失敗は、適応課題を技術的問題として扱うことだ」という言葉を引用し、多くのクライアントがこの誤りを犯していることを指摘します。

ラージグループ手法の実践

ブッシュ氏は、このような適応課題に対応するため、現在多くのOD実践者がラージグループ手法を用いているとし、次の3つのラージグループ手法の有効性を説明します。

具体的な手法として、まずフューチャー・サーチを紹介します。「異なる立場や対立する意見を持つ人々が共通の道筋を見出すには、まず全員が望む未来の姿を描き、そこから逆算して考えていくことが効果的です」と説明します。

次にオープンスペーステクノロジーについては、「何かを生み出すことに強い意欲を持つ大規模なグループがあり、メンバーが自分にとって意味のある課題に自由に取り組める環境を整えれば、驚くべき速さで変化が起こります」とその特徴を説明します。実際にAT&Tのオリンピックパビリオン建設プロジェクトでは、わずか2日間でメンバーが自発的にオープンスペースを活用したことで、生産性が15,000%向上したという具体例を示しました。

そして、望むものをより多く生み出すために、従業員がすでに望むものを得ている事例を特定することに焦点を当てる「アプリシエイティブ・インクワイアリー・サミット」を通じて、人々の信念や物事の意味づけが、論理や合理性以上に大きな影響を持つことが明らかになりました。

21世紀におけるリーダーシップと目的(パーパス)

このようなラージグループ手法を活用する上で、ブッシュ氏は2つの異なる戦略を説明します。一つは「高い関与(High Engagement)」、もう一つは「創発(Generative)」です。特に後者については、ブッシュ氏は適応課題に対処するための「生成的変化のモデル」として提唱します。

21世紀における成功する組織開発の文脈では、リーダーの仕事は「変化(ビジョン)」を定義することではなく、変わる必要のある人々が集まり、何をすべきかを考え、自らのアイデアを行動に移すよう促されることを確実にすることです。そのため、適応課題に対応するための新たなリーダーシップとして、生成的リーダーシップ(Generative Leadership)が必要だとブッシュ氏は説明します。
リーダーは必ずしもすべての答えを持っている必要はありません。むしろ、従業員がアイデアを出し、行動を起こすことを支援する役割を担います。ブッシュ氏は続けて、「リーダーが持つべきなのはビジョンではなく目的」だと説明します。

ここでブッシュ氏は、具体例としてシンガポールの銀行の事例を挙げます。銀行業界の最下位から最上位に躍進した変革を推進したのは、「make banking joyful」という目的でした。曖昧な目的ではありますが、従業員、マネージャー、顧客が何年にも渡って様々なイベントに参加し、「どうすれば銀行業務をより喜びに満ちたものにできるか」について考え、翌日からすぐに実行に移すことができたのです。

ブッシュ氏は、目的とビジョンの違いについて「複雑な課題に対して、リーダーはビジョンではなく目的を持つべきだ」と言います。

「目的とは、日々取り組もうとしていることであり、ビジョンはその目的を達成する一つの方法に過ぎません。目的を実現する方法は複数あるため、リーダーが特定のビジョンを押し付けると、他の可能性が失われてしまいます。しかし、目的が創発的な力を持つためには、それが従業員にとって意味のあるものでなければなりません」

ODはその原点に立ち返っています。「ODは本来、変革管理(チェンジマネジメント)ではなく、優れたチームと組織を作り出すことを目的としています。VUCAの時代において、組織は、解決策だけを見つける従来の技術的アプローチだけでは対処できない適応課題に直面しています。このような環境下で、ODはこれまで以上に重要な役割を果たすことになるでしょう」と力強く締めくくりました。

※ブッシュ氏の著書で日本語で読めるものとして下記が挙げられます。
『対話型組織開発―その理論的系譜と実践』 (2018年発売) »

『実践 対話型組織開発生成的変革のプロセス』 (2025年1月発売) »

『クリア・リーダーシップ®︎ ~真意が伝わるコミュニケーションスキル~(仮)』邦訳書、来春発売予定

※ブッシュ氏の発言部分につきましては、当日のスキップ・スワンソン氏による同時通訳の内容を元に編集を加えた上で、記事に反映しております。

(取材/文:井上かほる)

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