組織開発の実践と学習のコミュニティ

人的資本経営における組織開発の役割:ODNJ年次大会2024 基調講演②

2024年11月23日(土)、品川シーズンテラスにて開催された、特定非営利活動法人OD Network Japan(以下、ODNJ ※)の設立10周年記念年次大会。
ODNJ 理事の水迫 洋子氏によるモデレーションの下で、学習院大学教授の守島基博氏に「人的資本経営における組織開発の役割」と題した講演をしていただきました。

企業における人材の重要性が増す中、人的資本経営への関心が高まっています。その本質的な理解と実践には組織開発の視点が欠かせません。今回は、人的資本経営の本質から実践までについてお話しいただきました。


守島基博[もりしま・もとひろ]氏:学習院大学経済学部経営学科教授、一橋大学名誉教授。人材論と人材マネジメント論を専門とし、人的資本経営の第一人者。また、厚生労働省労働政策審議会委員を務める。著書に『人材マネジメント入門』(日本経済新聞出版社)、『人材投資のジレンマ』(日経BP)他多数。

※ODNJ:組織開発(OD:Organization Development)にかかわる実践者(経営者/内部実践者/コンサルタント等)、研究者がネットワークでつながり、共に学び、効果的で健全な組織づくりに向けて共同するコミュニティ。またODとは、組織内の当事者が自らの組織を効果的にしていく(良くしていく)ことや、そのための支援のことを指します。

人的資本経営の基本概念と導入の背景

まず守島氏は、経済産業省の定義(「人的資本経営とは、人材を重要な経営資本だと捉え、投資の対象とし、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義している)を示したうえで、重要なのは「人的資本は誰が持っているのか」という点にポイントを置いて人的資本経営について説明しました。

「人的資本経営は、従業員一人ひとりが持つ能力や経験、マインドセットといった人的資本を最大限に活用し、企業価値の向上につなげていく経営のあり方です。しかし、人的資本は従業員個人に帰属するため、企業は従業員が自らの人的資本を企業のために活用したいと思えるような環境を提供する必要があります」(守島氏:以下同)

近年、人的資本経営が注目されるようになった背景には、企業の戦略変化と労働市場の変化という2つの大きな要因があると守島氏は言います。

第一に、企業内での人的資本の役割が昔に比べて格段に大きくなっていることです。多くの企業が変革やイノベーション、新規事業の立ち上げに取り組んでいますが、これらは「0から1を、100を生み出す創造的な活動」です。AIやITが進展しても、このような創造的活動は人にしかできません。

第二の要因は、人材の深刻な不足です。この状況は株主の関心にも影響を及ぼしています。株主は、人がいない、もしくは人を獲得する計画がない企業にはお金を出さないという判断をするようになっていると現状を説明します。
このような問題を解決するために、組織開発は重要な役割を担っていると守島氏は強調します。

経営環境と働き手の双方に起きている変化

しかし現在、人的資本経営を難しくする様々な変化が起こっています。

まず、企業の経営戦略の変化です。経営環境の変化にともない、事業ドメインやグローバル化、DX化などを進めてきています。その結果、たとえば営業手法一つとっても、従業員は今までと違ったコンピタンシーや能力が必要になるのです。アメリカであれば、人の入れ替えで解決することもありますが、日本だとそうもいきません。そのため、今、リスキリングの議論が重要になってきているわけです。

さらに注目すべきは、働き手の変化です。守島氏は次のように説明します。

「リクルートワークスの推計によると、2040年には労働需要が労働供給を約1,100万人上回るとされています。生産年齢人口の急激な減少に加えて、従業員の価値観の多様化、転職市場の活性化などにより、企業は優秀な人材を獲得・維持することがますます困難になっています」

続いて守島氏は、働く人の価値観の具体的な変化を示しました。

「仕事とプライベートのバランスを重視する傾向は、現状の数としては多いものの、徐々に減少しています。代わりに、仕事の面白さや成長の機会を重視する人が増えてきました。重要なのはトレンドです」と説明します。

守島氏自身の経験からも、学生の企業選びの基準が変化していることを実感しているようです。 かつてはワークライフバランス重視の学生が多かったものの、近年は仕事内容や成長機会を重視する学生が増加していると言います。

働き手の減少、働く人の価値観も変化している今、人的資本経営において重要なのは、「社員一人ひとりが輝く組織をつくること」なのです。

全員戦力化とは一人ひとりが輝く組織づくり

社員一人ひとりが輝く組織をつくるーー。
守島氏は「全員戦力化」という考え方を提唱します。全員戦力化とは、一人も無駄にせず、すべての従業員の力を最大限に活用するという考え方です。

具体的な方法として、「人材戦略の部分ではありますが、一人ひとりを丁寧に育成して配置をすること。そしてパフォーマンス向上の支援をし、個の事情に配慮しながら可能な限り全員に活躍してもらうことを目指す人事が必要」と説明します。

続いて、日本の特徴的な人事制度について次のように指摘します。

「日本の多くの企業は、人事異動の際に優秀層に対しては手厚い対応をします。ところが、その次の層以下への対応は、単に空きポジションの補充のための玉突き人事のような状態になっている。また、最近ではジョブ型の議論も出てきていますが、日本では個人ではなく部門で成果目標を持つことが多いため、優秀層に頼った経営になりがちです。全員戦力化は優秀な人にだけ頼るのではなく、できるだけ多くの人のエンゲージメントを高めて戦力になってもらうことが重要なのです」

さらに、全員戦力化のために必要な要素として2つを挙げます。
1つは、人事の施策です。特に日本の人事管理における課題として、過去10年ほど優秀層に偏重した施策が続いてきた点を挙げます。タレントマネジメントはどのように人を使うかということにフォーカスしがちでした。しかし重要なのは、その人がどういう成果を求められているのかを明確にすることなのです。

「適材適所ではなく、適所適材。この重要なポジションを誰にお願いするかと考える。働く一人ひとりにミッションや成果、期待を明確にすることが非常に重要です。1on1を含めたパフォーマンス・マネジメントも含め、人材育成もどんどん個別化していく必要があります」

人的資本経営における組織力強化への投資

とはいえ、働く人が輝くためには、人への投資だけでは不十分だと守島氏は強調します。

「能力のある人がたくさんいれば、個人としては輝くかもしれません。しかしそれが組織として考えたときに、どこまで成果が出るのかは疑問が残ります。つまり、個人の能力を活かすための環境が重要なのです。組織開発とは、働く人が輝くための舞台作りだと私は考えています」

従来、組織開発は伝統的にコミュニケーションや人と人との繋がりなどにフォーカスしてきました。しかし、最近の文献によると、それ以外の組織の能力に注目が集まっていると言います。

「例えばハラスメントが少ないとか、心理的安全性があるとか、いわゆる組織としての特徴みたいなものにフォーカスして、そこを高めていくことが重要になってきてると思います」

守島氏は必要な組織力開発の例として以下を挙げます。

まず、パーパスやビジョンの共有です。優秀な人達が揃っていても、方向性が揃っていなければ、機能しません。
特にDE&I(Diversity, Equity & Inclusion)については次のように述べます。

「ダイバーシティが注目されがちですが、ダイバーシティだけだとマネージメントコストになり、組織の生産性であるとか効率性が下がってしまいます。合わせて必要なのがインクルージョンであるとか心理的安全性。Equityという概念です」

また、当然ながら情報の透明性がある組織であることも重要です。情報の透明性がなければ、働く人は全体観を見失い、自分と自分の仕事だけに集中するようになり、エンゲージメントを失ってしまうのです。

そして最後に挙げたのは、リーダーシップ像の改革です。これからのリーダーには、ビジョンを掲げ、自立した個を率い、エンゲージメントと能力を開花させ、組織目標を実現することが求められます。それぞれの企業がどのようなリーダーシップ像を掲げるのか。規範となるリーダーシップ像づくりも、重要な組織力開発なのです。

この点については、最後の質疑応答で現場の課題が提起されました。
「価値観の多様化や人手不足により、マネジャー自身も部下も多忙を極める中、いかにして理想的なリーダーシップを実現していけるのか」という質問に対し、守島氏は次のように回答します。

「日本のマネジャーは、自分のやるべき範囲、仕事の範囲がほとんど限定されていません。海外ではジョブ型が一般的で、業務範囲が明確になっているのに対し、日本では際限なく業務が広がっていく傾向にあります」

特に問題なのは、過去20年の間に経営者がマネジャーに様々な業務を付加し続けてきた点であると言います。

「日本のマネジャーは真面目な人が多いので、全てで100点を取ろうとしてオーバーワークになっています。まずはマネジャーの仕事の中身を見直し、優先順位をつけ直す必要があります。その中でピープルマネジメントの重要性を明確にしていく。このような『マネジメントのリデザイン』が、今求められているのです」

組織開発は贅沢品ではないと守島氏。人的資本経営を考えていくうえでは、必要不可欠だと強調します。

働く人のマインドへの投資が企業の利益や生産性、従業員のエンゲージメント向上につながる

最後に守島氏は組織開発の重要性について、著書『人材投資のジレンマ(日経出版)』の研究データを用いて説明します。

この研究では、「組織開発の充実」を含む「人材育成投資」が、「マインド面の向上」を通じて、生産性や企業業績の向上につながっていくことが示されています。

「組織開発を通じてマインドをちゃんと高めていくことが、結果として企業の利益や生産性の向上に繋がっていきます。働く人のエンゲージメントも上がります」と守島氏。

講演の締めくくりには、会場の組織開発の実務者に向けて、力強いメッセージを送りました。

「組織開発に携わる皆さんが頑張って、組織開発を進めていっていただけることで、人的資本経営も実現し、完成していきます。そして、日本の企業はどんどん輝いていくのではないでしょうか」

(取材/文:井上かほる)

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